夜の海

夜の海

空にそびえる高層ビル群を左手に見ながら湾岸線をとばす。東京の空は、深夜でも紫色だ。見えなくなった星の代わりに、ビルの格子状にならぶ窓が瞬く。
「ありがとうございました。あっ、私、由紀です。それじゃあ、急ぎますので・・・」

横に並んで走っていたトラックが右側の分岐を選択した。そのまま並行して坂を上がると、自分の行く本線を横ぎり、左側へ消えていった。
「今度、また会いませんか。」
行きかけた彼女を呼び止めた。梅雨の合間の晴日。湿った光が窓から差し込み、図書館全体を優しく包んでいた。
コピー機の前を通りがかり、紙詰まりで彼女が困っていたのを助けただけ。ただそれだけなのに、直感があった。

等間隔にならぶオレンジ色の照明が、僕を先へと導いてくれる。当てのないドライブだから、ありがたい。Jポップが流れ始めたラジオを止め、ディスコナンバーのオムニバスCDを挿した。彼女が好きだったディスクだ。
「乾杯。」
「近くにこんな素敵なイタリアンレストランがあったんですね。昨日出会ったばかりなのに不思議。」結局、閉店まで話が弾んだ。

ロードサイドのファミリーレストランも住宅もまばらになり、田畑が広がる。
大空に咲く大輪がまぶしい。震えた空気が僕らを襲う。彼女は浴衣姿だった。この幸せがずっと続くといいと思った。

さすがに前にも後ろにも車はいなくなった。
街頭のない月明かりだけの海岸線を右手に見ながら走ると、神秘的な世界が広がる。波の白くはじける様子がはっきり見える。
ヘッドライトが届かないずっと先までまっすぐに道が続いている。バックミラーを覗くと、テールランプに照らされた制限速度を表示するの標識しか見えない。
「主人が急に帰国することになったのよ。現地での戦闘が激しくなってきたらしくて。彼も怪我をしているらしいわ。私たち、これで終わりにしたい。」

海岸線の駐車場に車を止めた。エンジンを止める。CDを取り出す。ドアを開ける。潮の香りが飛び込む。激しい波の音。台風が過ぎたばかりの海はまだ荒い。海の家の雨戸がビシビシ音を立てる。黒い海へと向かう。波打ち際、立ち止まる。

CDを投げた。

風に煽られ舞い上がり、急に落ちた。波に飲み込まれる。僕はひざをついた。頬が塩辛い。

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作者コメント

2003年9月の作品。

深夜のドライブシーンと回想が平行して進行しています。ちょっと分かりづらいかもしれないけど、そういう面でチャレンジングな作品です。実際に取材ドライブをしてみたり、とても楽しい執筆作業となりました。

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