ユキエ

ユキエ

午前のテレビタイムにタイムボカンの再放送を楽しんでいた僕の前に、その少女は突然現れた。
「ちょっと!この雪江ちゃんって子が、昨日あんたと遊んだって言ってるんだけど、ホント?今日も遊びたいから来たんだって。」
赤いランドセルを背負っており、4つも年上の小学2年生なのだという。近所のよく遊んでいる小学生のお兄ちゃんやお姉ちゃんは、まだ誰も帰ってきていない。この子が一人だけウロウロしているのはどうも怪しかった。まず、なにより、この雪江という子と遊んだ記憶もないし、見たこともない。
掃除に忙しい母は、どうせテレビばかり見てるくらいならと、さあさあ外へ行って遊んでこいと、自分を追い出した。
とりあえず遊ぶのに言葉は要らなかった。この辺で遊びといえば、近所にあった消防団の資材置き場での探検ごっことママゴトが定番だったからだ。
刻んだ草とタンポポを盛りつけたお椀で「朝ごはん」を食べ、僕は玄関に見立てたコンクリートブロックの上に立った。「あなた、行ってらっしゃい。」そう言うと頭ひとつぶん大きい彼女は腰をかがめて口にキスをしてきた。
「将来、私たちホントに結婚しようね。」
秘密を共有している親近感と恥ずかしさがこみ上げてきたとともに、彼女の、初対面とは思えないほどなれなれしい口調に、背筋がぞっとした。

学校が終わったのだろう。よく一緒に遊ぶお兄ちゃんたちが資材置き場に集まり始めた。
「おいっ、その女誰だよ?」
「いや、よく知らない。」そう言って彼女を置き去りにしたまま、自分はお兄ちゃんたちに合流した。彼女はしばらく資材置き場をつまらなさそうにウロウロした後、いつの間にかいなくなっていた。
その後、彼女は家を訪ねてきたことはない。小学校への通学路となっている家の前や近所で見かけることもなかった。母に尋ねても、「そんなことあったかなあ?」と、得意のボケをかましている。しかし、自分の心にはしっかりとその不思議な少女の強烈な印象が残っている。そして悔やんでいる。別れのあいさつも交わさず、それっきり2度と会えなくなったことを。
それから自分の前に、たくさんの「ユキエ」が往きすぎた。愛を語り合った幸枝、強い友情で結ばれた幸恵、大事な決断の背中を押してくれた雪絵・・・。
なぜか自分が出会う「ユキエ」は特別な存在になるのだ。

「マジで?そんなすごいところがあるなら、行こうぜ。」噂をもたらしてくれた友達とはるばるやってきた熊本。大3枚は下らない男の楽園はさすがにすごい。
やわらかい間接照明の部屋中に高級なバラの香り漂う。ベッドに腰掛けた自分の前に、彼女は礼儀正しく膝を折り、床に手をついてあいさつをした。

「はじめまして、ユキエです。」

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