マグネシウム

マグネシウム

僕が覚醒したのは、高原の肥沃な黒い大地の中だった。後で知ったのだけれど、ミミズの赤黒い腸内を通過して肛門から出てきたのがその時だ。たまたま、芽吹く直前の牧草の種たちのそばだった。牧草は、たまに降る雨と日増しに高かまる地熱に未知の世界へ夢を膨らませ、ついに固い殻をやぶり、芽を出し、根を張った。その根はたくましい生命力で網目に広がり、ついに僕の元まで伸びてきた。そして僕は水分と一緒に吸い取られた。
僕が、茎脈を通り地上に出て葉脈上に定着したとき、地平線の向こう側に昇る朝日を見た。朝露に葉はきらきらと輝き、若い草たちが芽を出したばかりの大地は緑のジュータンのようだ。そして、光合成プラントが稼動を始めた。僕が登ってきたときの何倍ものスピードで根から水分を吸い上げ始める。二酸化炭素を吸収し、太陽光を浴びて次々と酸素が放出されていく。有機物たる生命体のエネルギーとは、こんなにも激しいものなのか。しかし、熱く刻むプラントのリズムに酔いしれ、迫り来る長周期の振動に気がつかなかった。
一瞬にして黒い影が迫ったかと思うと、牧草は根こそぎ引きちぎられた。粘性のある唾液との混合と、すりつぶしの作業を抜け、暗く出口の見えないトンネルへと進んでいく。ふっと、広い部屋に落ちたものの、そこは、宇宙戦争さながら、戦慄な世界が広がっている。足をつけると溶ける酵素の海、さっきの牧草たちはどんどん姿を変えていく。奇妙な形をした巨大な微生物たちが、形を変えた牧草たちをせっせと取り込み運び出している。僕は抵抗する間もないまま、酵素の海に沈み、海底の間欠からさらに地下へと落ち込んでいった。それから赤い球体に吸収され、チューブ状のハイウェーをものすごいスピードで旅をした。あまりの速さに気を失いかけたが、チューブはどんどん狭くなっていき、ついに突き当たりで僕は解放された。ここが新しい住まいだ。牧草の葉脈上よりも柔軟な細胞に心地よさを感じた。
「今年度の畜産祭り品評会第一位は、出品番号13番の田中牧場です。」
毎年、品評会第一位の肉牛は、夜の懇親会で振舞われるのがこの地域の慣わしだ。この祭りは深夜の子牛のステーキで絶頂を迎え、その後は未成年禁制の大人の時間となる。今夜は、京東大学に主席で合格した村一番の秀才、貴志に一番肉が割り当てられた。霜降りのステーキだ。新芽の牧草をたらふく食べた子牛のサーロインは、赤い肉汁も臭みがなく、たっぷりした脂身もしつこくない。
栄養、つまり、ビタミン、鉄分、そして僕、そうマグネシウムをたっぷり含んだサーロインはさぞ極上なことだろう。貴志は観衆が見守る中、ナイフで一口大の肉を切り取るといっきに口へと運んだ。「ウマい!!」母も父も泣いている。祖母とおぼしき老女が泣き崩れた。僕は貴志の食道を通過して胃へと運ばれた。
ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ・・・、太鼓のリズムがペースアップする。神殿前の組木に火が放たれ、大きく燃え上がった。
「神様、いつも私たちに恵みの雨、母なる海、父なる大地をお与え戴き心より感謝いたします。豊富な穀物、新鮮な魚介類、健康な家畜たちは神様のおかげです。せめてもの気持ちとして、村一番の成果をお供えいたします。」
翌朝、風が吹いた。僕は灰とともに大空に舞い上がる。次なる住処を探して。

商品データ